カレンダー
カテゴリー
最新記事
最新トラックバック
プロフィール
HN:
うたかた
性別:
女性
ブログ内検索
最古記事
カウンター
アクセス解析
詩でも小説でもない、胸に生まれた言葉の連なり。
[PR]
2026.06.26 10:26
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
それはなんてことない普通の夜に
2008.02.05 00:46
なんてことない普通の夜に、
それは突然やってきた。
それは突然やってきた。
PR
連珠の君
2008.02.04 00:16
待ちに待った御子の誕生。
誰もが、その生誕の障りなきことを願い、
その産声の健やかなることを祈った。
御子は三つ子であり、いずれも女性にょしょうであった。
三人並んだその輝くばかりの美しさは、しばしば連珠に譬えられる。
連珠の姫君。
後の世では、時に神の生まれ変わりと風聞されたが、
確かにそうであった知る者は、既にない。
誰もが、その生誕の障りなきことを願い、
その産声の健やかなることを祈った。
御子は三つ子であり、いずれも女性にょしょうであった。
三人並んだその輝くばかりの美しさは、しばしば連珠に譬えられる。
連珠の姫君。
後の世では、時に神の生まれ変わりと風聞されたが、
確かにそうであった知る者は、既にない。
1周年の記念日の、前日の夜だった。
2008.02.03 07:11
それは付き合い始めて1周年の記念日の、その前日の夜だった。
初めて卵を割ってしまった。
生まれてはじめて目玉焼きを作ったとか、そんな心温まる話じゃない。
冷蔵庫から取り出した途端に手が滑って、ぐしゃっと床に落ちたのだ。
結構落ち込む。
ごはんが湯気を立てている。
炊いたのは1週間くらい前だけど、文明の利器のおかげで炊き立てのおいしさ。
ほかほかごはんに生卵。心躍る夜食だったのに。
無残な姿になってしまった卵を片付ける。
洗って食べられないだろうかという考えが頭をよぎるが、さすがに無理だろう。
洗ったらそのまま流れて行きそうだ。
気を取り直して、新しい卵を取り出す。
丸みのある白いからだが愛おしい。
けれど、1つめの卵に懺悔しながらの夜食は、ちっとも心躍らなかった。
せっかくの卵ご飯だったのに、がっくり。
明日ユカに聞いてもらおー。
(いやいやいや、もっと他に、何でも聞いてほしい相手がいるやん)
あー、カジくんかー。あいつはいいやー。
(なんで?彼氏なのに?)
いや、でも、言ってもしかたないし。
(前はあんなに、あれ聞いてもらおうこれ聞いてもらおうって思ってたくせに)
もういいの。
言ったって、どうせ正論ぽくてポジティブ風のマイ理論を押し付けられるだけだって。
あいつとは当たり障りないような話するのがストレス溜まんなくていいの。
(当たり障りない話なんて、するのは悪くないけど、
でも、どうしようもない愚痴の方が、私の心の本当のことなのに)
そのまとまりのない言葉が胸にわいた瞬間、思考が止まった。
雑念のない頭で、もう一度よく考える。
私の心の、本当のこと。
私が感じている、本当の気持ち。
誰かに分かってほしい、本当の自分。
きれいじゃなくて、みっともないけど、偽ることない真実の姿。
ああそっか。
どうりで、あいつといると息苦しいと思った。いらいらするんだよね。
好きなのに――好きだから?
だから、嫌われたくなかった?
無理を、していた?
ああ、なんか嫌だ。そんなのすごく嫌。
だってそんなの、きっといつか――……
――明日、どうしようかなあ。
初めて卵を割ってしまった。
生まれてはじめて目玉焼きを作ったとか、そんな心温まる話じゃない。
冷蔵庫から取り出した途端に手が滑って、ぐしゃっと床に落ちたのだ。
結構落ち込む。
ごはんが湯気を立てている。
炊いたのは1週間くらい前だけど、文明の利器のおかげで炊き立てのおいしさ。
ほかほかごはんに生卵。心躍る夜食だったのに。
無残な姿になってしまった卵を片付ける。
洗って食べられないだろうかという考えが頭をよぎるが、さすがに無理だろう。
洗ったらそのまま流れて行きそうだ。
気を取り直して、新しい卵を取り出す。
丸みのある白いからだが愛おしい。
けれど、1つめの卵に懺悔しながらの夜食は、ちっとも心躍らなかった。
せっかくの卵ご飯だったのに、がっくり。
明日ユカに聞いてもらおー。
(いやいやいや、もっと他に、何でも聞いてほしい相手がいるやん)
あー、カジくんかー。あいつはいいやー。
(なんで?彼氏なのに?)
いや、でも、言ってもしかたないし。
(前はあんなに、あれ聞いてもらおうこれ聞いてもらおうって思ってたくせに)
もういいの。
言ったって、どうせ正論ぽくてポジティブ風のマイ理論を押し付けられるだけだって。
あいつとは当たり障りないような話するのがストレス溜まんなくていいの。
(当たり障りない話なんて、するのは悪くないけど、
でも、どうしようもない愚痴の方が、私の心の本当のことなのに)
そのまとまりのない言葉が胸にわいた瞬間、思考が止まった。
雑念のない頭で、もう一度よく考える。
私の心の、本当のこと。
私が感じている、本当の気持ち。
誰かに分かってほしい、本当の自分。
きれいじゃなくて、みっともないけど、偽ることない真実の姿。
ああそっか。
どうりで、あいつといると息苦しいと思った。いらいらするんだよね。
好きなのに――好きだから?
だから、嫌われたくなかった?
無理を、していた?
ああ、なんか嫌だ。そんなのすごく嫌。
だってそんなの、きっといつか――……
――明日、どうしようかなあ。
におい
2008.02.02 09:16
セキには、ずいぶん前から疑問に思っていることがあった。
「ねえ、家康」
家康は犬だ。雑種で、もう10年は生きている。
「家康は鼻がいいんだよね」
家康がセキを見上げる。
その動作は緩慢で、そうだよと言っているようでもあったし、
だからどうしたと言っているようでもあった。
「それって、いいの?」
セキは喋るのが好きだが、言葉の選び方はあまりうまくない。
考えるより先に口に出しているからだろう、と家康は思っている。
「便利ではあるよ」
鼻が利くと良いことがあるのか、という問いだと解釈してそう答えた。
「そうなんだあ」
セキは鳥だ。2週間前まで鳥かごで飼われていた。
「僕たちはさ、鼻はあんまり良くないんだ」
「そうなのか?」
「うん、鳥ってだいたいそうなんだって。
前、まだ鳥かごに住んでたときにね、外の鳥がおしゃべりしてて、
ほら、鳥って巣の中でもフンしたりするけど、
猫なんかはそれって不潔だって言うんだって。
ひどいよね。不潔なんて言うならもう近づかないでくれたらいいのに」
「まあ、そうだな」
「でね、あれ?なんだっけ。
えーと、それで、猫は『寝床が自分のフンにまみれてたら臭くてかなわんだろ』
って言うらしいんだけど、でも別に、そんなことないんだよね、僕たち。
でさ、そんなのが気になるなんて、鼻がいいのも困ったもんだねーって、
外の鳥が言ってたの。まあ悪口なんだけどさ」
ああ、鳥っていうのはどいつもこいつもおしゃべりだからなあ。
きっと口から生まれてくるんだろう。
家康はそんなことを考えながら聞いていた。
「でも、なんか毎日家康を見てると、
鼻がいいってすごく良いことなんじゃないかって思って」
「そうか?」
そんな風に思うような出来事があっただろうか。
「うん、だって僕、『おいしそうなにおい』とか分かんないんだもん」
「そうか」
「僕も、いいにおい嗅いでみたい!」
「なるほど」
「ねえ、いいにおいってどんなんなの?」
「なあ、セキ」
「うん?」
「お前さん、前はカゴに閉じ込められてたんだろ」
「うん、狭くてさー、せっかく羽があるのに思いっきり飛べないし」
「だから、外に出たかったんだろ?」
「うん、空を自由に飛びたかったんだー」
「それで今、毎日いいことばっかりか?」
セキはちょっと言葉につまった。
「大変だろ?」
世界は広くて、自分はすごく小さくて、食べ物は探さないと見つからなくて、怖いこともたくさんあって……
「……うん、ちょっと大変、かも」
「鼻がいいのも、おんなじ様なもんだよ」
「……」
「いいにおいもあれば、わるいにいおいもある。
好きなにおいが嗅げるのは嬉しいが、嫌いなにおいも感じてしまう」
「うん……」
「なあ、セキ」
家康には、このちっぽけな小鳥に言いたいことがたくさんあった。
「お前さんは、ずいぶん小さい」
だからだろう、とてもとても脆そうに見えて、家康は心配でならないのだ。
「しかし……だから……」
「……」
「でもさ」
セキは、家康の次の言葉を待たなかった。
「いいにおいってのは、ちょっと分かるんだよ」
「そうなのか?」
「うん、ちょっとだけだけど、花とか」
「そうか、花か」
「でも、おいしそうなにおいってのが分かんないの!」
「そうか、なるほど」
「ねえ、おいしそうってどんなにおいなの?」
「そうだなあ、腹が減るな」
「え、お腹空くの?」
「ああ、そのおいしそうなものを食べたくなる」
「見えなくても?においだけで?」
「ああ、においだけで」
「ふーん。それって、いいの?」
「まあ、かえって辛くなることもあるなあ」
「ふーん」
つまらない。そんな声だった。
「なんか、あんまりよくなさそうだね、それって」
「そうか」
あっさりと興味をなくしてしまったセキに、家康は何も言わなかった。
セキが『いいにおい』を諦めたのは、きっとセキなりに家康の気持ちを――しゃべるのが得意ではなくて、いつだって本当に大事なことは言葉にできない家康の気持ちを汲んでくれたからなのだろうと、彼は勝手にそう思うことにした。
「まあもちろん、悪いことばっかりでもないがな」
さっきより少し穏やかな気持ちで、そう言い添えた。
そろそろ日が暮れる。
セキは暗くなる前に寝床に帰らなければいけない。鳥目だからだそうだ。
「カラスに襲われるんじゃないぞ」
家康はそう言って、飛び去っていくセキを見送った。
「ねえ、家康」
家康は犬だ。雑種で、もう10年は生きている。
「家康は鼻がいいんだよね」
家康がセキを見上げる。
その動作は緩慢で、そうだよと言っているようでもあったし、
だからどうしたと言っているようでもあった。
「それって、いいの?」
セキは喋るのが好きだが、言葉の選び方はあまりうまくない。
考えるより先に口に出しているからだろう、と家康は思っている。
「便利ではあるよ」
鼻が利くと良いことがあるのか、という問いだと解釈してそう答えた。
「そうなんだあ」
セキは鳥だ。2週間前まで鳥かごで飼われていた。
「僕たちはさ、鼻はあんまり良くないんだ」
「そうなのか?」
「うん、鳥ってだいたいそうなんだって。
前、まだ鳥かごに住んでたときにね、外の鳥がおしゃべりしてて、
ほら、鳥って巣の中でもフンしたりするけど、
猫なんかはそれって不潔だって言うんだって。
ひどいよね。不潔なんて言うならもう近づかないでくれたらいいのに」
「まあ、そうだな」
「でね、あれ?なんだっけ。
えーと、それで、猫は『寝床が自分のフンにまみれてたら臭くてかなわんだろ』
って言うらしいんだけど、でも別に、そんなことないんだよね、僕たち。
でさ、そんなのが気になるなんて、鼻がいいのも困ったもんだねーって、
外の鳥が言ってたの。まあ悪口なんだけどさ」
ああ、鳥っていうのはどいつもこいつもおしゃべりだからなあ。
きっと口から生まれてくるんだろう。
家康はそんなことを考えながら聞いていた。
「でも、なんか毎日家康を見てると、
鼻がいいってすごく良いことなんじゃないかって思って」
「そうか?」
そんな風に思うような出来事があっただろうか。
「うん、だって僕、『おいしそうなにおい』とか分かんないんだもん」
「そうか」
「僕も、いいにおい嗅いでみたい!」
「なるほど」
「ねえ、いいにおいってどんなんなの?」
「なあ、セキ」
「うん?」
「お前さん、前はカゴに閉じ込められてたんだろ」
「うん、狭くてさー、せっかく羽があるのに思いっきり飛べないし」
「だから、外に出たかったんだろ?」
「うん、空を自由に飛びたかったんだー」
「それで今、毎日いいことばっかりか?」
セキはちょっと言葉につまった。
「大変だろ?」
世界は広くて、自分はすごく小さくて、食べ物は探さないと見つからなくて、怖いこともたくさんあって……
「……うん、ちょっと大変、かも」
「鼻がいいのも、おんなじ様なもんだよ」
「……」
「いいにおいもあれば、わるいにいおいもある。
好きなにおいが嗅げるのは嬉しいが、嫌いなにおいも感じてしまう」
「うん……」
「なあ、セキ」
家康には、このちっぽけな小鳥に言いたいことがたくさんあった。
「お前さんは、ずいぶん小さい」
だからだろう、とてもとても脆そうに見えて、家康は心配でならないのだ。
「しかし……だから……」
「……」
「でもさ」
セキは、家康の次の言葉を待たなかった。
「いいにおいってのは、ちょっと分かるんだよ」
「そうなのか?」
「うん、ちょっとだけだけど、花とか」
「そうか、花か」
「でも、おいしそうなにおいってのが分かんないの!」
「そうか、なるほど」
「ねえ、おいしそうってどんなにおいなの?」
「そうだなあ、腹が減るな」
「え、お腹空くの?」
「ああ、そのおいしそうなものを食べたくなる」
「見えなくても?においだけで?」
「ああ、においだけで」
「ふーん。それって、いいの?」
「まあ、かえって辛くなることもあるなあ」
「ふーん」
つまらない。そんな声だった。
「なんか、あんまりよくなさそうだね、それって」
「そうか」
あっさりと興味をなくしてしまったセキに、家康は何も言わなかった。
セキが『いいにおい』を諦めたのは、きっとセキなりに家康の気持ちを――しゃべるのが得意ではなくて、いつだって本当に大事なことは言葉にできない家康の気持ちを汲んでくれたからなのだろうと、彼は勝手にそう思うことにした。
「まあもちろん、悪いことばっかりでもないがな」
さっきより少し穏やかな気持ちで、そう言い添えた。
そろそろ日が暮れる。
セキは暗くなる前に寝床に帰らなければいけない。鳥目だからだそうだ。
「カラスに襲われるんじゃないぞ」
家康はそう言って、飛び去っていくセキを見送った。
「すみません」と言いたい。
2008.02.01 00:00
なんだか最近、
『積極的に「ありがとう」と言おう!』
という意見をよく耳にする。
その主張そのものには何の問題もないのだけれど、
そういった「ありがとう」推奨派の人たちの中には、
「すみません」という言葉に対して否定的なイメージを持っている人が
結構多くいるようなのだ。
彼ら曰く、
『日本人は何かしてもらったら「すみません」と言ってしまいがちだが、それは良くない。
「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えるべきだ』
と、いうことなのだそうだ。
確かに、「すみません」という言葉は謝っているようでいて
実はお礼の代わりに使われたりもしていて、
「すみません」と言えば「ありがとう」は省略してもいいような雰囲気があるように思う。
だから、感謝しているのならお礼の言葉は省略すべきでない、という主張はもっともだ。
喜んでもらいたかっただけなのに
「すみません」と恐縮されるばかりでちょっとがっかり、
という経験がある人も多いのではないかと思う。
そんな時は、きっと私も「ありがとう」を望むだろう。
けれど、「すみません」という言葉もそんなに悪いものではないと、私は思うのだ。
そもそも、私たちはなぜ「すみません」と咄嗟に言ってしまうのか。
「ありがとう」は感謝の言葉。
「○○してもらって嬉しい」という気持ちの表れ。
とてもいい言葉だと思う。
けれど、同時にとても自己中心的な言葉であるとも思うのだ。
「すみません」は謝罪の言葉。
「○○してしまって申し訳ない」という気持ち。
大切な言葉ではあるけれど、いつも「失敗」や「後悔」とセットになっているからか、
あまり良いイメージは持たれていない。
けれど私が思うには、相手に対する気遣いがなければ出てこない、
とても優しい言葉でもあるんじゃなかろうか。
たとえば、スーパーの出入り口。
私は外に出ようとしている。同時に、外から中へ入ろうとしている人がいる。
ドアは1人分の幅しかなくて、2人がすれ違うことは出来ない。
そんな状況で、相手の人が道を譲ってくれた。
「すみません」「ありがとうございます」
どちらの言葉もおかしくない。
おかしくはないけれど…冒頭で述べた主張を正しいとするなら、
ここは「ありがとう」と言うのが良いのだろう。
けれど、ここはやっぱり「すみません」というのがしっくりくるなあと
個人的には思うのだ。
相手の人が、私のために立ち止まって「どうぞ」と道を譲ってくれた。
ほんの小さな親切だけど、私は嬉しかった。
「ありがとう」
相手は急いでいたかもしれないし、疲れていていたかもしれない。
もしかすると、暇を持て余してる元気な人かもしれないけれど…
それでもやっぱり、私のために立ち止まらせてしまって、
なんだか申し訳なく感じる。
「すみません」
心をこめて「ありがとう」や「すみません」を言う人の思考はこんな感じだと思う。
これが、私が「ありがとう」は自己中心的な言葉でもあると考える理由。
「ありがとう」の気持ちの中心は、『私』なのだ。
『私が嬉しかったから』「ありがとう」と言うのだ。
それに対して「すみません」は、
『私』のことより『相手』のことを大切に考えていなければいけない。
そうでなければ、心のこもった言葉にはならない。
そんな感覚が私の中に深く根を張っていて、それで私には、
「すみません」という言葉がとても大切なものに感じられるのだ。
だから、最近の『「すみません」ではなく「ありがとう」と言おう!』
という風潮に抵抗を感じるのだと思う。
彼らの主張が
『なんとなく「すみません」と言うのではなく、心をこめて「ありがとう」と言おう』
という意味だと、理解しているつもりではあるのだけれど。
『積極的に「ありがとう」と言おう!』
という意見をよく耳にする。
その主張そのものには何の問題もないのだけれど、
そういった「ありがとう」推奨派の人たちの中には、
「すみません」という言葉に対して否定的なイメージを持っている人が
結構多くいるようなのだ。
彼ら曰く、
『日本人は何かしてもらったら「すみません」と言ってしまいがちだが、それは良くない。
「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えるべきだ』
と、いうことなのだそうだ。
確かに、「すみません」という言葉は謝っているようでいて
実はお礼の代わりに使われたりもしていて、
「すみません」と言えば「ありがとう」は省略してもいいような雰囲気があるように思う。
だから、感謝しているのならお礼の言葉は省略すべきでない、という主張はもっともだ。
喜んでもらいたかっただけなのに
「すみません」と恐縮されるばかりでちょっとがっかり、
という経験がある人も多いのではないかと思う。
そんな時は、きっと私も「ありがとう」を望むだろう。
けれど、「すみません」という言葉もそんなに悪いものではないと、私は思うのだ。
そもそも、私たちはなぜ「すみません」と咄嗟に言ってしまうのか。
「ありがとう」は感謝の言葉。
「○○してもらって嬉しい」という気持ちの表れ。
とてもいい言葉だと思う。
けれど、同時にとても自己中心的な言葉であるとも思うのだ。
「すみません」は謝罪の言葉。
「○○してしまって申し訳ない」という気持ち。
大切な言葉ではあるけれど、いつも「失敗」や「後悔」とセットになっているからか、
あまり良いイメージは持たれていない。
けれど私が思うには、相手に対する気遣いがなければ出てこない、
とても優しい言葉でもあるんじゃなかろうか。
たとえば、スーパーの出入り口。
私は外に出ようとしている。同時に、外から中へ入ろうとしている人がいる。
ドアは1人分の幅しかなくて、2人がすれ違うことは出来ない。
そんな状況で、相手の人が道を譲ってくれた。
「すみません」「ありがとうございます」
どちらの言葉もおかしくない。
おかしくはないけれど…冒頭で述べた主張を正しいとするなら、
ここは「ありがとう」と言うのが良いのだろう。
けれど、ここはやっぱり「すみません」というのがしっくりくるなあと
個人的には思うのだ。
相手の人が、私のために立ち止まって「どうぞ」と道を譲ってくれた。
ほんの小さな親切だけど、私は嬉しかった。
「ありがとう」
相手は急いでいたかもしれないし、疲れていていたかもしれない。
もしかすると、暇を持て余してる元気な人かもしれないけれど…
それでもやっぱり、私のために立ち止まらせてしまって、
なんだか申し訳なく感じる。
「すみません」
心をこめて「ありがとう」や「すみません」を言う人の思考はこんな感じだと思う。
これが、私が「ありがとう」は自己中心的な言葉でもあると考える理由。
「ありがとう」の気持ちの中心は、『私』なのだ。
『私が嬉しかったから』「ありがとう」と言うのだ。
それに対して「すみません」は、
『私』のことより『相手』のことを大切に考えていなければいけない。
そうでなければ、心のこもった言葉にはならない。
そんな感覚が私の中に深く根を張っていて、それで私には、
「すみません」という言葉がとても大切なものに感じられるのだ。
だから、最近の『「すみません」ではなく「ありがとう」と言おう!』
という風潮に抵抗を感じるのだと思う。
彼らの主張が
『なんとなく「すみません」と言うのではなく、心をこめて「ありがとう」と言おう』
という意味だと、理解しているつもりではあるのだけれど。
あなたが世界を拒むなら
2008.01.31 00:00
あなたが世界を拒むから、
あなたは世界に拒まれる。
世界があなたを拒むから、
あなたはもう世界のどこにも―――居場所がない。
いつか、太陽は
2008.01.30 01:00
太陽は、いつもまぶしく輝いている。
その身を燃やし、熱と光を宇宙に放つ。
宇宙を旅する太陽光。
直進し、屈折し、反射され、吸収され、だんだん弱くなりながら。
いつかは消えてしまうけれど。
いつかどこかへ届くために。
一人じゃないと知るために。
太陽は
2008.01.29 00:00
太陽は何も知らない。
だから、とても寂しい。
太陽には星が見えない。
自分自身が、とても強い光を放っているから、
自分自身が、あまりに明るすぎるから、
遠くの星の輝きを見ることができない。
宇宙は広くて、暗くて、冷たい。
寂しくて悲しくて、
ますます明るく輝いてみても、
寒くてつらくて、
必死に激しく燃えてみても、
まったく何も変わらない。
孤独は決して埋まらない。
太陽は、ひとりぼっち。
だから、とても寂しい。
太陽には星が見えない。
自分自身が、とても強い光を放っているから、
自分自身が、あまりに明るすぎるから、
遠くの星の輝きを見ることができない。
宇宙は広くて、暗くて、冷たい。
寂しくて悲しくて、
ますます明るく輝いてみても、
寒くてつらくて、
必死に激しく燃えてみても、
まったく何も変わらない。
孤独は決して埋まらない。
太陽は、ひとりぼっち。
それでも地球は
2008.01.28 03:19
ずっと周りを回り続ける。
つかず離れず、一定の距離を保ちながら。
太陽は知っているのだろうか?
自分がこんなにも想っていることを。
その輝きに、その温もりに、心奪われていることを。
太陽が昇れば、一日が始まる。
世界が光に包まれる。
夜の暗さと冷たさが、ふわりと融けて消えてゆく。
とてもまぶしい。
とてもしあわせ。
太陽が沈めば、一日が終わる。
世界が暗くて悲しくて、
地球はしばし眠りにつく。
また明日、再び太陽が昇るまで。
降り注ぐのは、やわらかな月のひかり。
地球は
2008.01.27 03:08
地球は太陽に恋してる。
けれど太陽は、地球を見てはいないだろう。
太陽を想っているのは、地球だけではないのだから。
地球は知っている。
太陽にとって地球はきっと、取るに足らない、そんな存在。
一番近いわけでもない。
一番大きいわけでもない。
自分の力で輝くこともできない。
だからきっと、目に留まらない。
いつもいつも、遠くで見ている。
ただそれだけが、今できること。

