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詩でも小説でもない、胸に生まれた言葉の連なり。
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におい 2008.02.02 09:16
セキには、ずいぶん前から疑問に思っていることがあった。

「ねえ、家康」
家康は犬だ。雑種で、もう10年は生きている。
「家康は鼻がいいんだよね」
家康がセキを見上げる。
その動作は緩慢で、そうだよと言っているようでもあったし、
だからどうしたと言っているようでもあった。
「それって、いいの?」
セキは喋るのが好きだが、言葉の選び方はあまりうまくない。
考えるより先に口に出しているからだろう、と家康は思っている。
「便利ではあるよ」
鼻が利くと良いことがあるのか、という問いだと解釈してそう答えた。
「そうなんだあ」
セキは鳥だ。2週間前まで鳥かごで飼われていた。
「僕たちはさ、鼻はあんまり良くないんだ」
「そうなのか?」
「うん、鳥ってだいたいそうなんだって。
 前、まだ鳥かごに住んでたときにね、外の鳥がおしゃべりしてて、
 ほら、鳥って巣の中でもフンしたりするけど、
 猫なんかはそれって不潔だって言うんだって。
 ひどいよね。不潔なんて言うならもう近づかないでくれたらいいのに」
「まあ、そうだな」
「でね、あれ?なんだっけ。
 えーと、それで、猫は『寝床が自分のフンにまみれてたら臭くてかなわんだろ』
 って言うらしいんだけど、でも別に、そんなことないんだよね、僕たち。
 でさ、そんなのが気になるなんて、鼻がいいのも困ったもんだねーって、
 外の鳥が言ってたの。まあ悪口なんだけどさ」
ああ、鳥っていうのはどいつもこいつもおしゃべりだからなあ。
きっと口から生まれてくるんだろう。
家康はそんなことを考えながら聞いていた。
「でも、なんか毎日家康を見てると、
 鼻がいいってすごく良いことなんじゃないかって思って」
「そうか?」
そんな風に思うような出来事があっただろうか。
「うん、だって僕、『おいしそうなにおい』とか分かんないんだもん」
「そうか」
「僕も、いいにおい嗅いでみたい!」
「なるほど」
「ねえ、いいにおいってどんなんなの?」

「なあ、セキ」
「うん?」
「お前さん、前はカゴに閉じ込められてたんだろ」
「うん、狭くてさー、せっかく羽があるのに思いっきり飛べないし」
「だから、外に出たかったんだろ?」
「うん、空を自由に飛びたかったんだー」
「それで今、毎日いいことばっかりか?」
セキはちょっと言葉につまった。
「大変だろ?」
世界は広くて、自分はすごく小さくて、食べ物は探さないと見つからなくて、怖いこともたくさんあって……
「……うん、ちょっと大変、かも」
「鼻がいいのも、おんなじ様なもんだよ」
「……」
「いいにおいもあれば、わるいにいおいもある。
 好きなにおいが嗅げるのは嬉しいが、嫌いなにおいも感じてしまう」
「うん……」

「なあ、セキ」
家康には、このちっぽけな小鳥に言いたいことがたくさんあった。
「お前さんは、ずいぶん小さい」
だからだろう、とてもとても脆そうに見えて、家康は心配でならないのだ。
「しかし……だから……」
「……」

「でもさ」
セキは、家康の次の言葉を待たなかった。
「いいにおいってのは、ちょっと分かるんだよ」
「そうなのか?」
「うん、ちょっとだけだけど、花とか」
「そうか、花か」
「でも、おいしそうなにおいってのが分かんないの!」
「そうか、なるほど」
「ねえ、おいしそうってどんなにおいなの?」
「そうだなあ、腹が減るな」
「え、お腹空くの?」
「ああ、そのおいしそうなものを食べたくなる」
「見えなくても?においだけで?」
「ああ、においだけで」
「ふーん。それって、いいの?」
「まあ、かえって辛くなることもあるなあ」
「ふーん」
つまらない。そんな声だった。
「なんか、あんまりよくなさそうだね、それって」
「そうか」
あっさりと興味をなくしてしまったセキに、家康は何も言わなかった。
セキが『いいにおい』を諦めたのは、きっとセキなりに家康の気持ちを――しゃべるのが得意ではなくて、いつだって本当に大事なことは言葉にできない家康の気持ちを汲んでくれたからなのだろうと、彼は勝手にそう思うことにした。
「まあもちろん、悪いことばっかりでもないがな」
さっきより少し穏やかな気持ちで、そう言い添えた。

そろそろ日が暮れる。
セキは暗くなる前に寝床に帰らなければいけない。鳥目だからだそうだ。
「カラスに襲われるんじゃないぞ」
家康はそう言って、飛び去っていくセキを見送った。
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